長い間疎遠だった友とも、 付き合いが再開されれば、 元々、家も近所なせいか 歩いていく距離で飲み会が できるということでやや頻繁に 飲むことになっています。 そこで友の一人が今まで見た ライブの中で一番良かったのは エルトン・ジョンの弾き語りライブ(サポートは一人だけだったらしい)だったという話を聞いて、先日のキンクスじゃないけどやり残したことを潰しておきたいリストに「エルトン・ジョンは何だったのか」もあったので、友から何故一番エルトンが良かったのかインタビューするような感じで飲みを進めた。 その友はそもそもロカビリアンなのでエルトンが出てくること自体意外であるのに、一番に感じたというからには相当良かったに違いない。 しかし、友のアンサーは「デーラー、良かったわ」など抽象的な名古屋弁で語られることがほとんどで、具体的なところをつかむのに苦労したが、どれだけ天才なのかは伝わってきた。 で、なんで、エルトンの評価を何故やり残していたかというと、普通に自分の感覚で評価するとある程度の違和感というか低評価へのベクトルがどうしても出てきてしまうからです。 つまりそれはエルトンに対してなんとなく「イエローサブマリン」的なおもちゃ感、お茶目なポップが連想されるからです。 例えば、「土曜の夜は僕の生きがい」はエルトンの有名なロックチューンでエルトンのボーカルもロックしてるし、ドラムもベースもギターもかなりいい。曲もいいし、盛り上げ方もいい。しかし、デビッド・ボウイの「サフラジェット・シティ」と比べると何かが違う。なんか凄〜く薄くだけど、ほんのり2級感がある。それはロックとしてなんだけど・・・ で、他の名曲にも何か薄〜くだけどビートルやストーン(比べる対象がでかすぎるけど)に比べるとおもちゃな感じがする。 しかし、ユア・ソングなどの弾き語り系になるとそのレベルに余裕で入る。 そのあたりの違和感が潰しておきたい謎だったのかもしれません。 で、友の感激を耳に入れたら回答がでてきたのですっきりしたわけですが、その回答は完ぺきなピアニストであり、ソングライター、シンガーであるがためにバンド形式の楽曲の場合に必要な補完関係がエルトンには元々必要がないということから始まる問題だとわかった(勝手に)次第です。 ピアノでベースラインとメロディライン、歌もうまいし、リズムも作れるとあって、弾き語りの状態ですでにそれが完ぺきなのです。 ビートルのようなバンドであれば、そのメンバーでなければ出せない音が補完し合って、作り手の思惑以上のものを作ってしまう場合がありますが、エルトンの味はバンド形式より、弾き語りの方が強くその才能がリスナーに届くのではないかと推測し、また、友はバンドしかほとんど聴かなかったから弾き語りで本物にぶつかるとまったくアテラレタ感じになったんだなと思ったわけです。 結果、エルトンは何だったのかを自分の中で消化できたような気がするので、気持ちよく眠れそう・・・・ということのためにこんなに長文書いてていいのか・・・みなさんに読ませてていいのかという問題は・・解決してません。
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