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=*=*= 長老ノート =*=*=

九大吹奏の長老ノートです。長老の方も、まだ若者!という方も、たくさん書き込みしてくださいね。
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▼ レセプションのご案内   [RES]
  幹事長 岩本   ..2010/12/10(金) 14:59  No.325
  書き込み失礼致します。
九大吹奏幹事長の岩本と申します。
連絡が前々日と大変遅くなり申し訳ありませんが、
この場をお借りして
定期演奏会後のレセプションのご案内をさせていただきます。

日 時:12月12日(日) 定期演奏会(21:00終演予定)後
会 場:酔灯屋 天神店(会場から徒歩10分程度)

●事前の参加予約は必要ありませんが、
可能でしたらコンパ係もしくは各パートリーダーまでご連絡ください。
連絡をくださったほうが助かります。
●会場へは現役団員の係の者がご案内します。
参加される方は、演奏会終演後、ロビーにお集まりください。
皆様のご参加お待ちしております。



▼ 古文書   [RES]
  山中 隆   ..2010/10/25(月) 10:06  No.324
  倉庫にしまい込んでいた古本を暇に任せて整理していたら、40年前の古文書を見つけました。第6回定演を準備していた1970年6月に、林幹男氏が全部員に現状の当団のあり方を問題提起したビラです。研究室から流用したと思われる当時高価だったが耐久性のない8頁の青焼きコピーですが、まだ鮮明に読む事ができます。

1.「九大吹奏楽団の活動の原点を求めて −訴えと提案−」(以下”訴えと提案”と呼ぶ)
この”訴えと提案”は、第6回定演を前にして旧幹部やOBを代表して林氏が提起した、我々に対する批判だった。

”はじめに”で、《悲しきジプシー汝の故郷は・・・?》と問いかけるのは、我々現幹部ひいては当団が、悲しきジプシーとなって、汝の故郷=創立精神である《純粋な音楽としての吹奏楽の確立》と《吹奏楽の市民への幅広い普及》=、を見失って、さまよっているのではないか、との問題提起であった。
そして、(1)吹奏楽とはなにか、(2)特殊九大における吹奏楽及び吹奏楽団とは、(3)「サークル活動」としての吹奏楽団とは、と階層的に吹奏楽の本質を定義付ける事で、当団の創立精神を再確認し、結論としてフルバンド形式に反対して、吹奏楽オリジナル曲を主体とすることで、創立精神を守ろうと提案している。

(1)の吹奏楽の定義は、
管楽器と打楽器で構成された楽団がその楽器の特色を発揮してアンサンブルを作りだす事を目的とするものなので、その目的に沿った曲を演奏することが必要条件となる。

(2)九大吹奏楽団とはで、
各ジャンルの音楽サークルが存在する九大においての吹奏楽を位置づけする。中学や高校の吹奏楽団ではクラシックからオリジナルやジャズまで幅広く演奏するが、音楽人口の拡大と言う点では意味がある。しかし、吹奏楽の追求を旗印に揚げている当団では専門化すべきである。「特に九大の様に数多くの音楽分野が存在し、しかもお互いにその存在価値を認め合っている状況・・・(では)、創立精神である《純粋な音楽としての吹奏楽の確立》の意味する所がはっきりとしてくる。もう一つの・・・《吹奏楽の市民への幅広い普及》も・・・純粋音楽としての吹奏楽の普及であり、・・啓蒙である。」

(3)「サークル活動」では、
同好会とは異なり、サークル活動は、「フォーマルな活動とインフォーマルな活動が・・・(あり)、フォーマルな活動とは九大吹奏楽団の活動原理に沿った活動であり、この活動には部員全員が積極的に参加することが前提である。一方インフォーマルな活動とは部員内部の個的趣味に基づいた活動で・・・(ある)。」このフォーマルな活動では、選曲の大部分は指揮者の個人的好みによってではなく、活動原理に基づき大衆討議によって、決められるべきである、と述べている。

最後にまとめとして、九大吹奏楽団は、フルバンド形式に反対し、その創立精神に基づきオリジナル曲を演奏することで、《純粋な音楽としての吹奏楽の確立》と《吹奏楽の市民への幅広い普及》活動を行える。この2つの原理こそ吹奏楽の無限の可能性を内包しており、その進歩発展を保障する、とした。

2.創立精神を継承した我々の回答
”訴えと提案”は60年代末から70年代の当団の雰囲気を伝えるものとして、定演パンフと共に重要な位置づけを持っています。有名な《純粋な音楽としての吹奏楽の確立》と《吹奏楽の市民への幅広い普及》の活動原理を階層的に分かりやすく説明されているため、40年たった今では歴史的価値を感じさせます。更に初期の先輩方々が創立精神に誇りを持って活動していたのが良く分かり、その事は当時の一般の吹奏楽団の中では特質すべき事だったと思います。

この”訴えと提案”とその後の議論を通して、我々は、《純粋な音楽としての吹奏楽の確立》と《吹奏楽の市民への幅広い普及》をもう一度見つめなおし、九大吹奏楽団の方針を確認しあいました。そして第6回定期演奏会(特にオリジナル曲を集めたその第3ステージ)で創立精神を継承する発表を行いました。どこ迄その精神を伝えられたかは議論のある所でしたが。

しかし、”訴えと提案”によって当団の原理原則を再確認出来ましたが、そこには当団に参加している個人の観点が欠落していると感じていました。”訴えと提案”の中では、「メンバーの好みにしてもずいぶんバラエティーに富んでいる。」と認識されながら、「その集団目標の方が優先される」として、個々人の立場が切り落とされていました。

3.第6回定演パンフの「九大吹奏楽団の原点を求めて」
その問題意識が、第6回定演パンフの「定演によせて」にある「九大吹奏楽団の原点を求めて」です。
この「定演によせて」にある《悲しきジプシー汝の故郷は・・・?》の章は、”訴えと提案”の”はじめに”にある同名タイトルを引き写し、再度問いかけたものです。従って、”訴えと提案”へのわれわれの回答(手探りしながらの)でもあります。

□サークルのあり方では、
「もし他人がなんの為にサークルをやっているのだと聞いたら何らかの解答を与えなければならない・・、その解答を与える機会として定演が各自の為に存在している。」続けて、悩みながら、定演が個人にとって「非常に重要な意味を持って(いても)・・・定演をやるために、200円の入場料を」取る事を正当化できない、と述べる。
□そして、楽器を吹くことで
僕たちには、主張したいもの、感じるもの(それは鍛えられ成長するものだし、)があり、音楽を通して話したくなる。問題は、その時どれだけ多く感じ、どれだけ表現できたかだろう。いくら良い演奏をやっても金とは関係が無い。

このように自省し求者道として悩みを打ち明けています。そして解決への道を次世代へと引き継いだのです。

先に”無料定演の始まり”として長老ノートに掲載した投稿の中でも、この《定演によせて 九大吹奏楽団の原点を求めて》は我々の思想的背景として引用しましたが、現実との狭間で悩みながらの模索を素直に述べています。その後に無料定演が始まるのは、確かに時代の変局点であったと思います。そして、そのきっかけを与えたひとつが、上述したビラだったのです。

4.2010/10/24付けの林幹夫氏からのメール
何とも懐かしい「古文書」が発掘されたようですね。保存状態も良好のようで、まずは驚きと感服の至りです。内容的には、いかにも青臭くてお恥ずかしい限りですが、若気の至りとともに当時の時代精神や九大吹奏楽団の姿をあらためて思い出させてくれます。続くメンバーの考え方や思い、必ずしも”訴えと提案”に対応されたものかどうかはともかく、その後の発展過程と現在の楽団の状況と対比させながら読んでいただくのも無意味ではないのではないかと考えます。

このビラをpdfで添付しようとしましたが、580KBですがファイルが大きすぎるとの事で添付出来ませんでした。原文を読んでみたい方は個別に私にメールを下さい。お送りいたします。



▼ 続青春の想い出   [RES]
  鈴木元   ..2010/10/21(木) 10:38  No.323
  山中先輩、大変懐かしいです。当時の定期演奏会で先輩の素晴らしいソロ、ホルスト組曲1番がとても印象に残っております。そしてあの海老津の高倉神社での厳しい合宿も・・・。アレキはキズものだったので当時29万円で購入しました。もちろん母からの借金でした。2年前に新品を購入しましたが、まだ良く鳴ってくれません。








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